【おしらせ】

ブログの投稿はnoteに変更いたしました。そちらでもお楽しみいただければ幸いです。

ブッダ(釈尊)の教えは実はシンプル

《ご留意》

ここに書いていることは、あくまでもワイである猫乃イカ耳の解釈をベースにしたものです。

仏教に対する解釈や考え方は十人十色だとワイは思っています。

あなたにはあなたの解釈があり、ワイにはワイの解釈があります。

解釈の違いから論争を起こす意図は毛頭ありません。

それに、ワイはまだまだ学びの途上であり、無知な部分も多くあります。

それをご承知のうえでお読みいただければ幸いです。




 

トップ画像のブッダの絵はいらすとやから拝借しました。

実際のブッダは剃髪してたんだけどね〜。

そうゆうとこ気になっちゃう(笑)




 

ワイは仏教学科を卒業している。

学生の時は主に原始仏教を学んでいた。

曹洞宗の大学だったため正法眼蔵ほか禅宗に関する講義も必須科目ではあったけど、まったく興味がなかったためそちらの記憶はほぼ無いです。


さて、仏教学科に通っていたということで、法事などで親戚に会うと葬祭でのマナーについて質問されることがある。

例えば、


「数珠はどっちの手に持つのが正しいの?」

「お焼香は何回がいいの?」


日本人は(そのまえに外国人についてさえ知らないけどww)とかくマナーや手順を気にしがちである。

無駄のない所作をすることで美しさや侘び寂びを表現する。

そうゆう文化の影響なのかもしれないね。


でも、ワイはいわゆるマナー講師のせいだと思っている。

マナーや手順を気にして不安になりがちな日本人に対して、金儲けのために、彼らがマナーを作り出したのだと思っている。


ワイは、彼らが仏教を語っているのを見たことがない。

これまでワイにそういった機会がなかっただけだろうか。


ちなみに、日本に伝わった仏教はいわゆる大乗仏教である。

本来の原始仏教を「小乗仏教」と卑下して呼び、それとは異なる上位の仏教なのだと主張して「大乗」と名のっている。

ワイにはどうでもいいけどね。


原始仏教はそもそも日本に入ってこなかったため、現代の日本人が知らなくても当然ではある。




 

原始仏教とは、ブッダ(釈尊)が存命していた頃のブッダの教えである。

その教えはシンプルだ。

簡単に言ってしまうと、


【人の道に外れることはしてはいけないよ】

【他者を尊重しましょう】

【心をコントロール(自制)しましょう】

【現実をありのままに受け入れましょう】


というようなことを言っているのだ。

巷では仏教というと、小難しい専門用語を並べ立てて、まるで「オマエのような頭の悪いやつには理解できんだろう、ウヒヒ!」と言わんばかりのウンチクひけらかしみたいなのを目にすることがワイは多いんだけどね。

本来はそんな難しいことは言っていないのですよ。

そもそも難しくて相手が理解できないんじゃ、何の救いにもならないよね。


もちろん、上の4つだけではないよ。

【四諦(苦集滅道)】とか【空】とか【縁起】とかあるけど、最終的には先に言ったことにつながる。

ブッダ(釈尊)は数珠の持ち方やお焼香のやり方なんて一言も言及していない。

そもそも、ブッダが存命していた時代において、儀式をやるのは在俗の者だけだった。

ビク(出家修行者)が亡くなったとき、その葬儀の儀式を行うのは在俗信者であって、出家修行者は何もしなかった。

当時はバラモン教の者の中にもブッダ(釈尊)をリスペクトする人がいて、彼らはブッダ(釈尊)の遺骨の分配を受けた際にはバラモン教式の儀式を行ったのではないかと考えられている。

遺骨をバラモンに分配したら、バラモン教式の儀式が行われるであろうことは予測できていただろうけど、それでも遺骨は分配されたのだ。

(ちなみに、遺骨の分配についての争いを指揮ったのはバラモン)


つまり、出家修行者にとって葬儀などの儀式には関心がなかったということである。

ブッダ(釈尊)もビクたちに対して、そんな儀式は在俗者にまかせてあなたたちは修行に努めなさい、と言っている。


少なくともブッダ(釈尊)および仏弟子たちにとっては儀式なんてどうでもよかったのだから、儀式のマナーだってどうでもよいことだったはずである。


そうゆう意味でワイは、


「数珠?どっちでもいいよ」

「お焼香?何回でもいいんじゃん?」


と答えるのであーる。

作法より気持ちが大事だと思う。




 

大乗仏教は原始仏教を「小乗」と見下した呼び方をするけど、原始仏教こそブッダ(釈尊)の生きた教えだとワイは思っている。

そして大乗仏教は、後から作られたものである。


むしろ自分らの確固たる信念とたぎりあふれる信仰とを華麗巨大な表現をもって息もつかずに次から次へと表明し、その結果成立したものが大乗経典である。大乗経典は、それ以前に民衆の間で愛好されていた仏教説話に準拠し、あるいは仏伝から取材し、戯曲的構想をとりながら、その奥に深い哲学的意義を寓せしめ、しかも一般民衆の好みに合うように作製された宗教的文芸作品である。

講談社学術文庫『龍樹』中村元 p.59-60


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